
ハリマオに逢いに灼熱の原市場体育館へいった。
ちょうど3、4年生のお披露目公式ゲーム(ドコモカップ)をやってた。
そう、ミニバスケット選手はみんな夏のドコモカップでデビューすんだよね。
選手と一緒に保護者(サポーター)も応援席デビューする。
いろんなシキタリを学ぶ。
チーム内での調子の合わせ方とか、親でもあげたことのないような罵声やベンチからの救いようのないアドバイス(笑)に戸惑う。面食らう。
ワタシもそういう面食らわしちゃうような、滑稽な指導者だった。
選手の持ち味を出したいとは思っても、本音はいかにして勝つか!ばっか考えていた。
勝利することで選手やサポーターから揺るぎない信頼とチーム操縦の太鼓判を押していただけると考えていた。
でも、そうは巧くいかなかった。
最近、強く思うのだが、
勝負事には運の悪い勝利と、運のいい負けがあるんじゃないか?
運のいい負けじゃピンとこないか?
そうだなぁ・・・気分のいい負け。 1週間後も10年後でもいい、思い出して微笑んじゃうような負け。
全力を出し尽くし、チームとしての一体感、達成感のある負けです。
低年齢のチームには勝利より優先するものがある。と思う。マジで。
ここ数年、ワタシは勝利することもいいけど「運のいい負け」を標榜してきました。
ビギナーチーム、伸び悩みのチーム、勝利と見放されてきたチームの指導がメインだったからです。
最初に吐いちゃったように、勝利至上主義は選手のためではなく、ホントは指導者の自己満足、自己達成感でしょ?と思う。
ある時、ゲーム後の飲み会でスパルタチックな名物顧問が「うちは、今年は素人ばっかだったが来年はいいよ」と言った時、めちゃくちゃ腹がたった。
「アンタには来年があるだろうが、選手には今しかないんだよ!」
あのへんから、コーチングへの思いが変わってきたかもね。
コーチは、勝利よりも優先するべきこと、もっとやらなくてはいけないこと、気を使わなくては行けないことがあるんじゃないか? ってこと。
再び指導者になるなら、ワタシは「君のことを本当に必要としている。」と相手に伝える技術をつかみ、ひっしこいて磨きたい。
「君がいることでチームは成立している」と認識させられる、ナイスな方便の数を増やしたい。
選手の誰もが(年齢に関係なく)心の底でもっとも強く願っているのは、
自分の存在がほかの誰かのために大きく役立っている・・・・・という実感(できれば勝ってね)。
これだろうと思う。
人間というナマモノを扱う哲学は、コレッきゃないんだよね。きっと。