東雲さんから春のお便り(全文掲載)


 先日はお会いできて、嬉しゅうございました。
 仙太郎のぼた餅、おいしゅうございました。
 神戸屋キッチンのコーヒー、さほどおいしゅうございませんでした。
 「旦那さん」から「患者さん」へ、可笑しゅうございました。
 「患者さん」から「ホトケさん」へは、可笑しゅうながらも笑えませんでした。
 写真集、ぜひお持ち帰りいただきとうございました。
 
 なにやら円谷幸吉の遺書めいた文面になってしまいましたが、これも死の話題が多かった後遺症かと思います。
 こんなはずではなかったのに、僕は死ねない立場になってしまいました。世の夫のほとんどが暗黙のうちに考えているように、当然僕も自分がカミさんより先に逝くであろうと思っていました。でも状況が変わりました。障害を持ったカミさんが残されると悲惨なことになりそうなので、そうもいかなくなってしまった。

 僕が看取ってやらねばと覚悟は決めています。看取ることは自分に課せられた最大の使命と思っています。デザイン科の方はT島君がいるので、悪いけど最後の一人となっていただき、犬塚弘のように皆を送ってもらうことに決めているのですが、カミさんは僕が送らなねばならないでしょう。「おくられびと」から「おくりびと」へ。そうなるかどうか、、こればっかりはわからないけどねぇ。

 先日の話しでは、人は生きたようにしか死ねない、とのことでした。なかなか含蓄のある言葉でした。ということは、すでに死にざまはほぼ決まっていて、いまさらカッコつけようとしても手遅れなのでしょうね。この60年あまりの自分の足跡を顧みると、思い描いたように事が運ぶことなど滅多になかった。ということは、ちゃんと看取れるのか、はなはだ怪しい。こっちが先に呆ける可能性は十分に考えられる。体力だっていつまでもつか。はたまた「献身的な夫」から「DV亭主」へ、という落とし穴だって待ち受けている。

 つい先日、カミさんは歯の治療をしたのだが、セラミックのいいやつを入れたので、16万円ほどかかった。もう還暦直前なのに、なんでそんな高価なの入れるんだよ!俺なんか保険の適用範囲で済ませたぞ、という言葉はグッと飲み込みました。彼女の頭の中では病気は治る予定だし、そしたら何処かでうまいものを喰うのだから、歯に投資するのは至極当然のことなのだった。完全復帰が前提だから、和服一式ちゃんとタンスにしまってある。「車椅子」から「二足歩行」へ、なのだ。

 歯の話しのついでに。昨年暮れ、長い付き合いのマック・オペレーター(僕よりも2、3歳上)と会食した。彼はいま歯の治療をしていると言う。3本インプラントにしたので百万以上かかったとの話。さらにもう一本勧められているけど、どうしようかなぁと、ニッと笑った。このときは遠慮なく言ってしまいましたよ、「アンタいくつまで生きるつもりなの?」と。はたしてそこまでカネを投入すべき事柄なのか。

 他人の口内強靱化計画に異を唱える気はないが、彼の高価な歯が、無人と化した東北の漁村にそびえ立つ大堤防を彷彿とさせた。世の中いろんな分野で土建屋的発想が蔓延しているようだ。過剰な(あるいは希望的)需要予測を立てて、その対策が急務ですと煽る。ホントに必要なのかは問題ではなく、とりあえずは目先のカネ。「歯医者さん」も誰もかも「土建屋さん」へ、なのでしょうか。

2014年4月4日

 さて桜も散り始めました。カミさん連れて眺めに行こうかな。