タカシマヤだよ、*患者さん

「東京だよおっかさん」という歌があった。なんでも、横浜高島屋が開店55年なんだそうです。
そうか、あの日、セスナからおもいきりぶち巻かれた開店チラシを追いかけ、下駄の鼻緒をひきちぎって母ちゃんに叱られてから55年か。
よし、お祝いに横浜高島屋の想い出をいくつか書いちゃうぞっと。

その1:母ちゃんのフトコロが温かいと横浜高島屋。そーでもないと、川崎さいか屋。
その2:高校1年から卒業まで、小遣い稼ぎは8階催事場設営の夜間アルバイトでした。
その3:高校1年の夏休みのアルバイトは8階催事場の「世界の大爬虫類展」の飼育係。
その4:そのバイトで毒蛇にくるぶしをいきなり噛まれた。周囲はひきつったが、笑顔で「大丈夫ですよ・・・・」と余裕をかましたが、ホントはかなりちびった。
その5:高島屋には同級生が何人か就職したが、Yクンは1日で辞め、Tクンは定年まで立派に勤めた。現在Yクンはブリキのおもちゃの制作者として大成功している。Tクンは悠々自適だと思う。
その6:高校3年の冬休みに、おねーちゃんと店頭で待ち合わせたが、2時間以上待っても現れなかった。なんでこなかったのか?いまだにわからない。
その7:待ち合わせは高島屋の店先だが、しけこむのはダイヤモンド地下街のカリオカ。裏から入り、たっぷり飲み食いして、さらりと表から出る・・・・(もう時効でしょ)。高島屋の通りを隔てた相鉄側の喫茶店に同級生のAクンがウエイターのバイトをしていた。風さんと2階の角に陣取り、メニューの全制覇(帰れまテンみたいな無銭飲食)をした。気持ち悪くなって、風さん家に泊めてもらった。
みんな、みんな昨日のことのようです。

おまけ:6階にイノダコーヒーが出店してました。京都までいかなくても旨いコーヒーと、パンケーキと、サンドウィッチがいただけます。どれもみな老人向けの食感と味付けです。

*患者さん
最近、なにがあったのか、ヘルパーはアタクシを「患者さん」と呼ぶ。「旦那さんから患者さんへ、患者さんからホトケさんへ。」という称呼変化、イミナの助走みたいなもんなんでしょうねぇ。