
4ヶ月間、無我夢中で飽く事なくマルチョーさんの伐採仕事を観賞してきました。すごいわぁ。ナニがって、切り倒すまでの段取り、これがゲージュツ的に素晴らしいです。4人の職人さんのアウンの呼吸といいますか。言語を越えた目線一発の沙汰、指図。しかも、たまに交わす段取り確認言葉はみな敬語、丁寧語です。職人さんのコミュニケーショーンは雑破で乱暴。偏狭なオノレの思い込みが哀しく、恥ずかしい。
宮大工の西岡棟梁の一番弟子の小川さんの映像だが本だかにあったと記憶するが、採用した新人の職人適性を判断するのに、朝晩全員の賄いをやらせて献立から食材選び、調理、片付けまで食事づくりの段取りいっさいを観察するんだそうです。段取れない人間は、残念だが宮大工には向かない。面白い社員がたくさんいるR社では、プロジェクトの段取りをどう「見立てて、仕立てて、動かす」か・・・入社段階で徹底的に鍛えるんだそうです。
はぁ・・・アタクシも自分都合の直観を振りかざず、もうちっと計画性のある言動・行動・日常を心がけ、あれやこれのダンドリーに長じていたら、あの人この人から心配・迷惑・困惑・激高されずにやれてこれたかもしれん。分数につまずいたのも、遠足のバスに乗れなかったのも、沢に落とされたのも、おねーちゃんに逃げられたのも、渡り廊下の窓ガラスをこめかみで破壊したのも、911で帰国できなかったのも、L.L.BEANからスボンが4つも来ちゃったのも、ふた親の死に目に会えなかったのも、長男の出産に立ち会えなかったのも(あ、これは子宮の段取りが早かったんだ)、チェンソーで足を切ったのも、骨折を4回し、二度腹をかっさばいたのも、業縁がなかったんじゃなくて、ただの軽卒。読みのマズさと甘さ。
そっかぁー、人生は連続するダンドリズムなんだな。死ぬ瞬間までダンドリなんだよな。「見立てて、仕立てて、動かす」だっけ?。「パスッ」指を鳴らして感心し、この教訓をオノレの血となり肉となる思想にまでおとしこんでね、刷り込まれた思想を実現するためにだ、計画したまま放置され腐れきってる自家の入り口周りの手入れ。この労働で「段取りの妙」を試してみようと考え、さっきから完成想像図を描いてます。