
バアちゃんが逝って今日で3年。
あの日はよく晴れた日曜日で、遊びにきた長男一家を駅に送っていくの行かないのでてんてこまいしてたとき、病院から危篤の連絡があったんだよな。「危ないですから、いつ逝かれてもおかしくないですから、輸血して、がんばりましょうか?」医療の現場は90過ぎの肉体の生死の処置に、多様性は持ち込まないんだよね。「どうします?」
アタシは精神も肉体も病みの極みに置かれていて、「バアちゃんはいいな、さっさと逝けてさ」そーゆー、悲劇の人ですアタクシは、みたいなね、周囲が腐りたくなるような「クソゼリフ」を鼻くそほじりながら聞こえるように漏らした。すったもんだあって、血を分けたアタシが病院にかけつけたんだけど、「先ほど・・・・えーと1時14分にお亡くなりになりました、ご愁傷さまです。合掌。」慣れたもんです、H中央ビョーイン。
ベッド脇の心電計器を見ると、ドラマで見る・・・限りなく平行な線が流れていた。「バアちゃん!」「オーイ、バアちゃん!」お約束の別れの声かけをすると、平行線が若干揺れて、微笑むような矩形波になった。「え?、まだ生きてんじゃん」「テルちゃーん、おテルさーん、テルバアさーん」。すると、矩形波が踊りだしたんですよ。「やべー!、マジでやべー!」
結局ね、アタシの声がバアちゃんのカラダで反響しただけ、アタシのキモチが乗り移って、シカバネイタコになったと。ほんと、最後まで笑かしてくれる、母上でした。
てなセンチメンタルな記憶をしとしと雨の向こう側に映しつつ、もの思いに浸ってたら、やっぱしコーヒー(最近飲めるようになったんだぜ)いれるの、だらしなく失敗した。
「ちゃんと説明書・仕様書は読むように!」窓際にいさめられたばかりなのに、思い込み方式で口開いて、きっぱりと直観でセットして、もの思いしながら湯を注いだら、ごらんの有様だ。
外はしとしとの雨ですよ。バアちゃん逝って3年ですよ。