
ヘルパーが飯能図書館開館記念講演会を聴きにいった。五木寛之が「暗愁」について語ったそうです。この話は彼のオハコです。いい話です。ネットからコピペしてきた。
五木さんによれば、世界中に「鬱(うつ)」的な言葉が存在し、いずれも本来はプラスの意義を伴った使われ方をしているそうだ。
中国には「悒(ゆう)」、韓国なら「恨(はん)」、ロシアには「トスカ」、ポルトガルでは「サウダーテ」、アメリカは「ブルース」etc。
いずれも、憂い、愁い、哀しみ、悲しみなどの意味を持ちながらも、人間はそこから逃げられないのだから、こころの中にしっかりと抱えて、目をそむけずに生きていくことの重要性を示唆する使い方がされているとのこと。
上を向いて歩くこたぁないんです。プラス思考なんざぁするこたぁないんです。
つらいときはため息ついて、鬱になって、ヘタレな自分と向き合うのが善いのです。「こころの萎え」は、人間誰しもが味わうことであって、病気ではない。ましてや薬で治すものではないはずだ。
五木さんはそう言います。
「鬱鬱(うつうつ)」という言葉を広辞苑で繙くと、【草木の盛んに茂っているさま。気分が盛んにのぼるさま】というのが第一義としてある。「鬱蒼たる森」「鬱然たる大家」「鬱勃たる意志」などの言葉は、いずれもエネルギーに満ち、躍動する生命感を感じさせるもの。これって、オレんちのことじゃないか?
五木は石原と同い年なんだそうだ。
子供の頃の経験(教育)って、還暦後の生きざまに色濃く影響する。
石原が大嫌いでよかった。石原を選ぶようなニンゲンじゃなくてよかった。と、深くおもう。
とうさんかあさん、ありがとう。