花鳥風月に「はかなさ」や「やるせなさ」をおぼえる・・・粋なオッサンとは無縁の当番でした。
この変化はあきらかに三年前の三位一体内臓改革が色濃く影を落としてます。さらに言うと今年5月の追加改造も「歳遅れの無常感」に拍車をかけてます。
月の満ち欠けに涙し、ハシが転んでは笑い、ズボンのチャックが下がっていることが日常化する男になるとは・・・、夢にもおもわなんだ。
振り返ればドンブリ飯3杯の内臓正常時代なら、際限のない狩猟範囲の下、色っぽいことを中心にした、合理的で打算に満ちた、即物的な、100均的な、わかりやすい「脂っこい日常」でした。ホント。
それがどーだ、観察半径が数メートルになったとたん、花鳥風月ですよ。この観察下でナマメカしいイキモノといったら盛りを過ぎたご婦人たちと、サカリがついたイノシシくらい。うつろいゆく「ウスバカゲロウ」に人生をオーバーラップしちゃう、実に安上がりな文人墨客のようなモノになっちまった。
と、早朝のシュウメイ菊にうつろいながら、やるせなく、思うのでした。
