そーか、フランスに行ったボンジュール・サノくんも記憶が飛んだのか。サノくんは滞仏時間が長かったから、半端じゃなく飛んだろうな。
これは1ドルが360円時代に渡米した人の口癖だが、到着初日に「親父世代はこの国とよく戦争なんかしたもんだ」と思った。つぎに、映画俳優のような白人のおじさんが通りの清掃しているのに驚いた。
南ワバッシュ通りと東8番通りが交差する一角に職場があった。写真の駐車場の隣りの建物がそれ。1階だけ改装されているが、2階から上は40年前と変わらない。ここの5階で働いていた。あの頃もこういう空だったか?シカゴは冬の訪れが早く、そして長い。一度降った雪は溶けないまま積もり続け・・・3月後半まで残る。鉛色の空は日常から彩度を奪い、確実にホームシックを呼び寄せる。写真の空は初夏だろうか。
建物から5ブロックほど右(南方面)に行くとカポネご用達のホテルがあった。禁酒法時代はここらあたりは繁華街のど真ん中だった。(という街の変遷を思い出した)映画「スティング」にでてくるシカゴはこのあたり一帯なんだよね。
このビルの斜向いに両替所があって、金曜日はもらった給料(小切手)をここで現金化して、裏手の食堂でハンバーガーを2個食べたものだ。(今はビッグマックをひと口ほうばるのも命がけだが)
南に行けば行くほど黒人の地域になる。ブルースのライブハウスがたくさんあって、黒人の同僚に連れて行ってもらった。反対に川を渡って北方向に行くとジャズやソウル、ポップス系のライブハウスがたくさんある。
おお・・・どんどん思い出して来たぞ!思い出して来たが、どれもワタシだけ面白い話ばかりだ。残念。
北の方向へ2ブロック行ったこのビルに中古の楽器屋があって、Martin00-18が300ドル!で買えたんだぜ!右の角を曲がると到着から1週間だけ寝泊まりしたハリソンホテルがある。
ああ!ハリソンホテル!涙のホテル!
ところで、シカゴはインディアンの言葉で「腐ったタマネギ」という意味なんだ。