そうだね、ちっとは目的らしきものはないと徘徊になっちゃうよな。
君のお祖父さんは、50年以上前に、この写真を撮った陸橋の上からカメラの裏蓋あけてシャーっとフィルム引っ張りだし、線路に投げちゃったんだよ。以前話したことあるでしょ? あの場所。
カメラは「哀しみのFrank Six」Frank Sixを画像検索してごらんよ。ホント、哀しそうなカメラだから。
目的もなく電車に乗って国道駅まで行き、そこから歩いて戻ってここまできた。あの場所にいかなくちゃ・・・という観念で行動してたらきっと来ない場所だ。哀しすぎるもん。
よく言われるが、子どもの頃の現場の今は風景の規模が違う。箱庭的規模で、おまけに情緒的だ。
名所旧跡訪問や土地の食い物食べ歩き、斜に構えた記念写真、土産げの心配もイヤだ。目的も無くふらふら行ってしまう(旅ではない)・・・がわたしは好きだ。