ナンデココ

こうも寒いとお年寄りのご不幸が重なりますね。
縁戚だろうがご近所であろうが、町場山間、貴賤上下の分け隔てなくあの世からお迎えです。この一年、数えてみましたらじーさんより、おばあさまが多いようです。ワタクシの母をはじめとする激動の戦中戦後を生き抜いた快女たちの旅たちです。

ワタクシの母ちゃんの一生を15秒でお話ししますと、羽田は六郷の炭屋の娘(自称)。父親が飲む打つ買うの正しい遊び人だったそうで、置屋にね、売られそうになったそうですよ。田中絹代似の様子のいい少女時代をさらっと生きて、小金持のボンボン(ワタクシの父親ですね)と見合い結婚。3男2女を産んで(一人夭折)、戦後は剣呑な亭主を叱咤し、つぎはぎだらけの子どもたちをミゴトに(たぶん)養育してですね、娘は嫁に出し、息子は国に差し出し、厭世を決め込んで晴読雨読でしれっとしていたを亭主を畳の上できっちり看取って、さ〜て、これからヤンチャしちゃおかな!ってときに軽〜いボケが笑いながやってきて、無知蒙昧な末っ子の世話になりつつツッコミなしで確実にボケを進行させちゃって、骨折、養生、骨折、本格養生、特養、お迎え準備の配管入院、で逝去、献体、先日骨になって返ってきた・・・。

ワタクシのウィキペディアには「後悔」というクソコトバは載ってません。だけどね、今朝の雪に見とれつつですよ、主が消え抹香のおごそかな薫りも消えた寒い居間にたたづむと・・・悔しいけど、はっきり言って「ワタクシ濃厚に後悔してます」。
母ちゃんを紹介するとき、「ワタクシの製造元です。なんか仕込みに問題があったようで、こんなワタクシです」と目先の笑いを親子でほしがった。何を訊ねても「知らない」といわない人だったから、リクツの多い人だった。ちょいと酔っての十八番は「芸者ワルツ」だった。親を失った幼子を引き連れ艱難辛苦の末に満州からの引き上げたことが自慢だった。争いごとが苦手なわりに、よく叩かれた。
最近までワタクシはお父ちゃんのような豪放でらい落、就業意欲皆無なヤロウだと思ってたが、世渡りのうまさを思うとどーもそうではないようだ。
で、普通はここからだらだらと母ちゃんのてんこ盛りエピソードやら、嘘話をつづるんだけど、今日はしんどいのでヤメます。

鮭は母なる川の匂いを(その川特有のアミノ酸成分を嗅ぎ分け)敏感にキャッチして生まれた川に戻るらしい。生まれた川の近くまでは地球の磁気や太陽の向きなどを頼りにやってきて、川口から300kmも離れた沖合いでも母川の匂いを感じとれるそうです。
ワタクシ、勝手気ままに回遊してきたけど、母なる川の匂いに出会い、母なる川へとさかのぼりだしたのかもしれないね。てなことを写真撮りながら思った。ソウイウコト。